ねえ、俺には何が足りなかったのかな。


俺って、自分で言うのもなんだけど、結構尽くすタイプだったと思うんだ。暗殺って毎日仕事があるわけじゃないから、まあ、お給料はよくないけど、そのぶん、の傍にずっと居られた。はとっても寂しがりだから、それで良かったんだよな?それに、いつ君が泣いても、俺が気付いてあげられる。はしょっちゅう、理由もなく不安がって泣いていたね。情緒不安定。でも、俺は君の、そういうとこも愛してる。君が泣いて泣いて、怯えて縮こまったときに、その両手で助けを求めるのは決まって俺だったから。君は俺を愛してたかな?そうでなくても、君にとって、真っ先に必要とされるのが俺だったからそれでいい。俺は君の唯一ではなかったかもしれないけど、君に必要とされていたのが確かなら、それでいい。君が深夜、手首を傷付けて泣いたとき。その傷を治療するのは俺だ。君の傷を知っているのも俺だけだ。出血を止めて、消毒して、ガーゼを貼って、包帯を巻く。もしかして、なんでもないようにやってのけてると思っていたかい?本当は、内心穏やかじゃなかったさ。増える傷跡は心を痛めたし、週にいくつ傷を作ったか、その増減で一喜一憂していたんだ。俺はね、この傷が、いつかひとつも増えなくなる未来を思い描いていたから。

君は俺を殴ることもあったね。正直、俺が殴られることについては、そんなに頓着なかったよ。が傷を作るよりマシさ。それに、こう言うとマゾっぽいって言われるかもしれないけど。殴られるの、別に嫌じゃなかったんだ。セックスしてるみたいな気分だった。君の強い衝動を、俺の体で受け止める。内出血で腫れ上がっても骨が折れても、その痛みが残るのが、キスマークみたいで嬉しかった。実はさ、何度かイッちゃったんだよね。君は錯乱してて、それどころじゃなかったみたいだけど。ドクドクドクッって、すっごい長く射精しちゃったんだ。触ってもいないのに。凄いだろ?俺さ、本当に、に首ったけなんだよ。こんなに愛してくれる男、なかなか居ないと思うぜ。


なあ、どうして死んじまったんだよ。


バスルームでさ。真っ赤な湯船に浮かんで。肌が真っ白で。冷たくて。お湯が冷めてたから、死後結構経ってるんだなって思った。を冷たい浴槽から上げたとき、俺は泣いたよ。仕事なんてやめちまえば良かった。ずっとずっと一緒に居たなら、死ぬ前に助け出すことなんて簡単だった。たった数時間でも目を離せば死んじまう女の子だって分かってたのに。俺は馬鹿だ。俺に足りなかったのは覚悟か?危機感か?それが足りていたら、今頃は生きていてくれただろうか。。愛してる。愛してるんだ。こんなになっても愛してるんだ。何がそんなに悲しいんだよ。何にそんなに絶望してるんだよ。結局、ひとことも教えないまま逝っちまった。致死量の絶望で死んだ。俺は希望になれなかった。俺はを変えられなかった。俺はの生きる意味にはなれなかった。なあ、何が足りなかったんだ?教えてくれよ。。お前が望むなら、俺はなんだってできたのに。


俺は思ったよりもまともだったようで、正気を失うことはできなかった。だから、今日も俺は狂ったふりをしている。の着飾った死体におはようとおやすみといってきますとただいまのキスをする。それから愛の言葉と、今日起きた出来事とか。相手のない会話をする。は季節を追うごとに腐り肉が落ち白い骨になってしまったけれど、それでもそれはに変わりはなくて、俺はやっぱり君が好きだ。窓辺の、日の当たる場所に置いた1人掛けソファに腰掛ける君は寂しげで、俺は苦しくなる。せめて、誘ってくれたって良かったじゃあないか。一緒に死んでほしいと、我儘言ってくれたって。君が言うなら、俺は喜んで一緒に死んだよ。もしくは、一緒に生きる道を、選んでくれても良かった。どうして。何が足りなかった?君に生きたいと思わせるほどに、俺の存在は大きくなれなかったのか。どうしてひとりになるんだよ。寂しがりのくせに。


結局俺の存在など、生きるに足りなかったのだろう。。残酷な女だよ、君は。


でも、世界一、愛してる。