プロシュートさんは自宅の玄関をくぐるなり、服を脱いだ。上着を脱ぐと、シャツまで濡れて肌にぴったり貼りついているのが分かる。あのシャツもブランドものなのだろうと思いながら、私はひと足先に廊下を抜け、リビングへと入り、ソファーに座ってテレビをつけた。このテレビは液晶画面であるものの妙に映りが悪い。かなり昔に買ったものだといつかプロシュートさんは言っていた。彼は衣服に金をかける。それを少ないらしい給料からやりくりするのだから、こういった部分で彼はしわ寄せを受けているのだった。
テレビはサッカーの中継をしている。内容までを耳に入れていないため、どこがどこと試合しているのかも分からない。ただ、ユニフォームを着た人間が芝生の上でボールを追いかけているので、サッカーをしているのだとだけ、分かる。
このアパートメントは広々としているが非常に古く、壁が薄い。隣の部屋からだろう、まだ夜というには早いが、ベッドの軋みと喘ぐ音が聞こえている。男が女を抱いているのだ。抱かれる、というのは、どんな感覚かしら。プロシュートさんに訊いてみようかとも考えたけれど、男女では差異のある話かもしれないので、やめた。
(トリッシュさん、という女性が捕まえられたなら、そのとき、訊いてみよう)
濡れた服を洗濯機に入れ、一糸まとわぬ姿となったプロシュートさんが、私の足元に屈む。ひょっとすると跪いているようにも見える。プロシュートさんは白人という事実を差し置いても非常に肌が白い。綺麗な人だ。どう見ても男性なのに、いやに女性的だ。プロシュートさんはそうするのが正しいみたいに、私を濡れた目で見上げている。
「、抱いてくれ」
「ええ、いいですよ」
寝室から道具を持ってこようとして、ペニスバンドのサイズが、ひとまわり大きく、変わっていることに気が付く。ピンク色だったのが、黒色になっている。シリコン製なのは変わらないが、プロシュートさんの陰茎より大きいんじゃないかしら、というくらいのサイズだ。つまり捉えようによっては暴力的である。
「前のペニスバンドは」
「捨てた」
「これだと、苦しいかもしれませんよ」
「苦しくていい。それがお前の愛情表現なんだろ」
俺は受け入れるぜ、愛してる、とプロシュートさんは続けて、笑う。その笑い方は自然だった。病んでおらずただただ自然だった。プロシュートさんはそれが当たり前みたいに、床で四つん這いになり足を開く。尻肉の隙間から、薄く色づいた肛門と性器が丸見えた。痛くていい、と言われたので、遠慮なく、指で慣らす工程を省いて、装着したペニスバンドの張り型にローションを塗りつけると、力任せに押し込んだ。
「あっ……お、ああッ……!」
プロシュートさんは全身を硬直させて、苦しげな声を上げる。隣室の男女の声に混じって違和感しかない声。愛の営みの真似事にすらなれていない。……だが、プロシュートさんがそれで満足なら、いいのだろう。人それぞれだ。私は腰を動かし始めた。彼は動くたびに濁った喘ぎを漏らして、たまらなさそうに悶え、触れられてもいない陰茎から先走りを垂らす。
犬のようだ、と、思った。
「あ、愛してるっ、愛してる……ッ!あ、あああッ」
「ええ、私も愛してます」
プロシュートさんはそれしか知らないみたいに、愛してるとただ呟く。あまりに繰り返すので、鳴き声のようだと思った。犬に吠えられて感動する人間が居ないのと同じ。プロシュートさんの愛の言葉は、テレビから流れているサッカー中継と同様に、私の耳を、素通りしてゆく。
結局。三回やった。最後は、プロシュートさんの要望で、白い尻を赤くなるまで叩きながら、やった。そうした最後の行為がいちばんに精液も感じ方も凄まじかったのだから、プロシュートさんは、すこしおかしい人なのかしら。やっぱり、人殺しは人間によくない効果を及ぼすのかも。私はプロシュートさんが哀れになって、それでも軽蔑はしないあたりに、きちんと彼を仲間だと認識していることに、わずかながら、安堵した。