目が覚めるとアジトの自室、ベッドの上でシーツをかけて横になっていたので、私は、今までのは夢だったのかしら、と考えた。ぼんやりする頭で携帯を探して、時間を確認する。と、みるみるうちに目が覚めた。携帯が示す時刻は夕方というよりも夜で、ディスプレイには、プロシュートさんからの着信が何件も入っていたのだ。
夢じゃない。
寝過ごした。
ああ、きっとリゾットさんに起こされたあと、寝ぼけて自室のベッドで寝直してしまったのだ。本当に馬鹿みたいだ……。どう言い訳したものか考えて、とりあえず謝罪からだろうと、私は携帯でプロシュートさんにコールをする。時間的にもう家には帰っているはずだから、すぐに出ると踏んだのだが、電源が切れている、と音声案内が入り、繋がらない。
……怒っている。約束をすっぽかされ、怒って携帯の電源を切ってしまっているのだ。このままでは、今後の仕事にも関わってくるかもしれない……。私はベッドから飛び起きて、髪を手櫛で簡単に整え、アジトから駆け出した。プロシュートさんは自宅に居るのだろう。円滑に人間関係を維持するためにも、すぐに行って、謝っておくべきだった。
外は雨が降っている。どしゃぶりだ。傘をさしていても、足元が濡れるほどだ。雨雲のせいで余計に暗い道を街灯を頼りにして進む。途中、大通りの店でケーキでも買っていこう。そう思って、途中、広場を――待ち合わせ場所だった広場だー―を、通り抜けようとして。
異様なものを見た。
この広場には、目立つ彫刻がある。現代アートを嗜む芸術家がつくったという銅製の彫像で、私にはちっとも良さがわからない。だが、この広場、町に置かれていると不思議に、初めからあったとばかりに景色によく映えている――そんな彫刻の、近くに。
人影が立っていた。
町をゆく人々は思い思いの彩りの傘をさして華やいでいるというのに、その人影だけは、傘をさしていない。ゆえに、ただ、頭上から降る滂沱の雨粒に打たれ、濡れそぼるだけだ。髪から服から、雫がいくつも、垂れている。人影は俯いている。――顔は見えなかったが、私はその人影をよく知っていた。

「……プロシュートさん」

濡れていたのは、プロシュートさんだった。
待ち合わせの場所で、傘もささず、俯いて、立ち尽くしている。綺麗な金髪も高いスーツも靴もすっかりずぶ濡れで、けれどもそれに構うようすもない。

「……ああ、遅いぜ。来てくれねぇのかと思った」

私の呼ぶ声に反応して、プロシュートさんは顔を上げる。泣きそうな顔をしている。心底泣きそうに、そしてすこしばかりの安堵が混ざった、不思議な表情をつくっている――。
ずっと待っていたのか。
まさか。何時間も、こんな雨の降るなか、待ち続けるほどプロシュートさんは馬鹿じゃない。

「何度も不安になったが、お前を信じて、待ってたんだ――待っていて良かった。……ああ、 すっかり暗くなっちまったな……、行こう」

プロシュートさんは私の手をとって、自宅の方向へと歩き出す。その手の冷たさにぞっとした。氷のような冷たさだった。よく見ると、すっかり顔色も白く、唇だって紫だ。かなりの時間、雨に打たれていたのは確かだった。

「……傘、もってください。ふたりで入りましょう」
「いい。お前が濡れちまうだろ」
「多少は平気です。それに、濡れても、明日までには乾くでしょう」

当たり前に答えると、目を見開くプロシュートさんの頬に、赤みが戻った。――結局、プロシュートさんは遅刻について怒りも問い詰めも咎めもしない。ただ、静かに泣きながら笑って、

「愛してる」

と、だけ、言った。