メローネさんとのお喋りを終えて、店の外へと出ると明け方の空は青に色づき始めていた。メローネさんは薬のせいでふらついているからと、しばらく、店内に滞在しているらしい。寂しい裏路地から大通りに出る。まだ早いとはいえ、まばらに人が歩いていた。早起きな地元の住民が散歩をしているのだ。
私もそうするべきか、と思ったが、いまいち散歩をする気分でもない。だが、今、アジトには戻りたくなかった。アジトに戻れば、ギアッチョさんやイルーゾォさんと会う可能性が跳ね上がる。かといってあの店で薬にやられているメローネさんと一緒に居続けるというのも苦行だし、じゃあ何をしたいのかと言われてみると、やはり、逃げ出したいのであった。

(パスポートは燃やしちゃったしな)

そこまで考えて、私は自分を抓ってやりたくなった。今は、ボス暗殺の件だ。暗殺チームで一丸となって戦うというのに、今逃げ出したら、その覚悟からも逃げることになってしまう。杜王町のときのように、逃げるだけで平和に終わるならそうするが、今の私には、まだやるべきことがあった。
仲間を守る。
ひとまずは、この、ボスを倒すという一大事を終えるまで。

「……おっと」

唐突に、携帯の電話が鳴った。
慌ててポケットから、着信の鳴り続ける携帯を出す。光る画面には、プロシュートさんの名前が表示されていた。プロシュートさんは意味のない連絡を寄こすことは非常に多かったが(なんでも、声を聞きたかったとかで)――彼がそういった電話を掛けてくるのは深夜か昼と決まっている。プロシュートさんはたいへん朝に弱いからだ。
珍しいこともあるものだと思いながら、私は通話ボタンに触れた。携帯を耳に当てて早々、プロシュートさんの低く耳ざわりの良い声が聞こえてくる。

『今日、時間ができた。たまには一日中、一緒に過ごさねぇか』
「構いませんよ。ところで」

――こんな時間に珍しいですね。
そう私が言うと、プロシュートさんは照れたように笑い、お前に用事が入る前に予約しちまいたかったんだ、と答える。私は彼とベッドを共にした翌朝、彼が昼過ぎまで起きないのを何度も見ていたので、本当に珍しい、よっぽど遊びたかったのか、と思った。
あるいは、そうしなくてはならないほど忙しさに疲れ切っているのかもしれない。それならば、仲間として、やはり付き合うべきだろう。
私は今現在、アジトを出て外をうろついているのだと伝えると、それなら今から迎えに行く、とやけに上機嫌に返された。アジトからプロシュートさんの自宅まで、ちょうど中間地点になるあたりを待ち合わせ場所に決めて、私たちは通話を切る。

(……あれ、曇ってきた)

空は相変わらず青色だったが、鈍色の雲が遠くに見える。そういえば、雨の湿ったにおいもしてきた。けれども雲の位置からいって、あと数時間は天気が崩れることはないだろう。早めに合流してプロシュートさんの自宅でだらけよう。と、進みかけたところで、背後から腕を掴まれた。

「……
「え」

振り返ってみると、リゾットさんだった。リゾットさんが相変わらずの無表情で立っていて、私の腕を掴んでいるのだけれども、その無表情は、なんだかいつもより威圧感がある。機嫌が悪いというよりは、怒っているように見えた。
……私は、何かしただろうか?
しばらく、互いに無言で見つめ合う。ややあって、リゾットさんは口を開いた。

「どこへ行っていた」
「……えっと」

メローネさんと違法酒場に行っていた、というのは、口止めされていたから言わないほうがいいだろう。どう答えたものか咄嗟によい言葉が出てこないのを、リゾットさんはどう受け取ったか、やっと威圧感を消して、静かに、諭すような口調で続けた。

「心配したんだ。……部屋にもアジトにも居なかった。もしかしたら、ふらりと俺を置いて、どこかへ消えてしまったのかと思った」

一瞬、どきりとしたが、なんでもないようなふりをする。

「黙って外出するのはやめてくれ。胃に悪い……」
「……はい、すみませんでした」

確かに、アジトを間借りさせてもらっている身分で、勝手に居なくなるのは困るかもしれなかった。いつ仕事が入るか分からないのだし。今度から、せめてアジトに居る誰かにひと言いってから、もしくは書置きをしてから、外出をするように心がけよう。この件については、まったく、私が悪い。
反省をして、それから、では、とその場を立ち去ろうとする。掴まれたままだった腕を、引っ張られ、引き戻される。バランスをわずかに崩し、リゾットさんの胸板に寄りかかってしまった。すぐに体勢を直して離れようとするが、リゾットさんは私を抱き締め捕まえたまま、離さない。

「どこへ行く?」
「プロシュートさんと、これから約束があるので。今日一日は、出かけてきます」
「駄目だ」

やけにはっきりと反対された。もしや仕事が入っていたのか。とも考えたが、どうやら違うらしい。とにかくリゾットさんは、駄目だ、と言う。

「今日は帰るぞ。朝食を食べよう。アジトに戻ったら、すぐに用意してやる」
「いえ、あの……」

有無を言わせないようすで、私はそのまま、リゾットさんに引っ張られアジトへの帰路についてしまった。私の悪い癖。強引にでられると、断れない。しかも黙って出てきたせいで心配をかけたという負い目が、私の決意を鈍らせる。
一度だけ、行くはずだった道を振り返った。
……朝食だけ、食べよう。食べてすぐ、待ち合わせ場所に向かえばいい。三十分とかからない。それだけ待たせてしまうだろうが、まあ、この国の人は時間に対してルーズだ。待ち合わせは広場の目立つ彫刻の前なので、なんだったら、近くにあるカフェかなにかで過ごして待つはずだし……。
私は大人しく、アジトへ帰る道を急いだ。
リゾットさんは掴んだ腕を一度離して、かと思えば、すぐに手を繋いで、私の横を並んで歩く。
ふと彼を見上げると、なんと、リゾットさんが、……あのリゾットさんが、頬を緩め、破顔していた。

、ずっと傍に居てくれ」

杜王町には帰らない。ずっとここに居るだろう。
私は、そのつもりです、と、答えた。リゾットさんはとてもとても嬉しそうに、目を細め、笑った。