「おいぃ……、起きろよぉ……」

酒盛りで寝落ちを決め込み、自室で目覚め、それから再度寝入って、おそらく数時間後。強めに肩を揺すられて、私は浅い眠りから引きずりだされた。まだ外は暗いから、夜明け前くらいだろうか。何度か瞬きをして頭を覚醒させる。近くに、ギアッチョさんの顔があった。酒臭いのと、耳まで真っ赤なのを見るに、私が寝たあともずっと飲んでいたのだろう。かなり酔っぱらっているようすのギアッチョさんは、ベッド脇から私を覗き込んでいた。
はっきり言おう。彼の同僚としての能力は認めているし、大切な仲間であるのにも、違いない。ただ、個人的な見解を述べるならば……彼は、私にとって、苦手な部類の人間である。
いきなり、情緒不安定に感情を爆発させて怒り出すので怖いのだ。アジトでも、時折彼の怒声が響くことがある。大抵、あとで見てみると、アジトの壁やら家具やらが壊れていたりするのだった。
なので、彼との交流といえば、仕事の業務的な会話以外、特にない。

「ええと……ギアッチョさん。どうされましたか?」
「ああぁ?どうされましたか、じゃあねェーよ……あークソッ……」

普段通りの不機嫌顔で悪態をついているが、酒がかなり回っているせいか、声も小さく比較的静かだ。とはいえいつ爆発するのか知れないので、逃げれるように心の準備をしておく。彼が仲間に対して暴力の矛先を示すのを見たことはなかったが、万一に備えて。
しばらくギアッチョさんは、酔いのせいで要領の得ない悪態をいくつも吐いたあと、おもむろに、ぐりぐりと私の胸に頭を押し付けてきた。突然のことに困惑する。まさか甘えているわけではないと思うけれど、やっていることは、鳥が撫でてほしくて頭を飼い主の指に押し付けてくる、あの行動と同じだ。
ややあって、ギアッチョさんは、顔を胸にうずめたまま、叱れよお、と力なく呟く。

「え?あの……ギアッチョさん、何かしたんですか?」
「ゴミ拾わせただろーがよォ……ふざけんなって怒れよ……お前いつも怒らねぇじゃねぇか……無視すんなよぉ……」

うわ、酔うとめんどくさくなるタイプだこの人。
もはや涙声になってきているギアッチョさんをどうしていいか分からず、私は困り果てた。とりあえずこのまま放置していると、頭を乗せられたまま眠りかねないので、適当なところで起き上がり、ギアッチョさんの顔を上げさせる。
ギアッチョさんは涙声どころでなく泣いていた。眼鏡が邪魔で拭うのが億劫なのか酔いでそこまで頭が回らないのか、ぼろぼろと、ただ、涙が流れるのに身を任せている。

「ギアッチョさん。怒ってませんから、怒れって言われても困ります」
「うう……うううううぅ……」
ああもう、めんどくさいな。
さすがに、そんな苛立ちが表情に出てきてしまっていたのか、ギアッチョさんは私を見て、泣くのをやめ、固まる。それから、もじもじと目線を逸らし、すこし酔いが醒めたようすで、やっぱり怒ってるじゃねえか、と遠慮がちに言った。
ちょっと彼の思考回路が分からなかった。

「……ああはい。では、怒っているということで、いいです。おやすみなさい」

もう意思の疎通は諦め、再度眠りにつこうとしたところを、ギアッチョさんに縋りつかれて阻止される。私は本気で苛立ちはじめた。

「なんですか」
「あ……、な、なあ。怒ってるなら、お仕置きしてくれよぉ……」

誤魔化しようもない、苛立ちからのため息が出る。ギアッチョさんは何がしたいんだ。睨む私に、ギアッチョさんは三白眼を潤ませながら、服のすそを掴んできた。……彼はおそらく、私よりひとつふたつ年下か同年代程度のはずだが……。やっていることが駄々をこねる年少児だ。

「お仕置きされたいんですか?」
「え、あ……」
「ギアッチョさん。お仕置きされたいんですか?」

自分でもあからさまなトゲのある言い方だった。これで怒り狂って部屋を出て行ってくれればいい。という思いとは裏腹に、ギアッチョさんは顔を余計に赤らめて口ごもり、俯いて数度瞬きしたあと、意を決したように、

「お仕置き、してくれ……。お前に、お仕置きされたいんだよぉ……」

と素直な懇願をする。

「……はい?」

私は呆気にとられた。怯えたうさぎみたいに震えて、ギアッチョさんは服を脱ぎ始めている。病院着のような白い上着、ストライプのズボンを脱いで、下着を取り去る。リゾットさんやプロシュートさんほどではないにしろ、彼も職業柄かけっこうな筋肉がついていた。――そして、彼の露出された股間、やや皮被りの陰茎が、ぴょこりと上を向いている。

「うわ、仮性包茎のうえに小さいですね」

思わず率直な意見を言ってしまった。しまった、怒り出すか、と思ったものの、ギアッチョさんは唇を噛んで涙ぐみ、陰茎がわずかに反応するだけだった。
はてさて。
私が寝るためには、ギアッチョさんをどうにかしなければならない。となると、彼の望み通り、お仕置きとやらをすればいいのだろうか。

「じゃあ、ちょっと痛くしますよ」

ギアッチョさんの睾丸を、親指と人差し指でつまんでみる。ぎゅう、とそのまま軽く捻ると、ギアッチョさんは大仰に背筋を反らせて悲鳴を上げた。

「うるさいです。下の階に聞こえちゃいますよ。そうしたら、迷惑でしょう」
「あ、……ぐ、ぎぃぃ……ッ!」

必死に歯を食いしばって、ギアッチョさんは両手で口を押さえる。ギアッチョさんの全身に、脂汗が噴出していた。どれほどの痛みなのかは、女性の私にはとうてい想像もつかないが、なぜかギアッチョさんの陰茎は、びくっ、びくっ、と激しく脈打っている。
それから、何回も睾丸をつまんだり、引っ張ったり、抓ったりしてみたが、しばらくすると手が疲れてきてしまった。サイドテーブルの引き出しを漁ってみると、書類を留めるのに使う、銀色の目玉クリップが出てきたので、それを使うことにする。

「〜〜〜〜〜〜〜ッ!?」

思った以上にクリップは力強く、ギアッチョさんの睾丸に食い込んだ。クリップが閉じると同時、ギアッチョさんは腰を震わせて背筋を丸め、ひゅうひゅうと喉を鳴らす。綺麗な筋肉の上を汗が流れ落ちていった。私はクリップを、もうひとつ手に取る。
ひとつ、ふたつ、みっつ。よっつめのクリップをつけたところで、ギアッチョさんはだらしなく泣き出してしまった。ただ、それでも、両手は口から離さないし、姿勢が崩れているものの、私に股間をさらけ出すのをやめようとはしない。
これ以上はスペースの問題で挟めそうになかったので、もう一度サイドテーブルを漁ってみた。すると、使い捨てのライターが出てきた。火がつくのを確認してから、ギアッチョさんの睾丸の真下にライターを構える。

「火、つけますよ?ギアッチョさん。いいですか?スタンドで防御したら、いけませんからね?」

ギアッチョさんは言葉を発する余裕もないのか、口を押さえたまま何度も頷いた。なので、遠慮なく、点火する。カチッ、という小気味の良い音がして、オレンジの小さな炎がギアッチョさんの睾丸を舐めた。瞬間、そのまま炎の熱が全身に伝わったみたいに、ギアッチョさんの肌から滝のように汗が噴出する。

「……ッ、……、…………ッ!」

口を押さえ、声にならない声を上げて、ギアッチョさんは体を痙攣させた。やがて、肉が焼けるいやなにおいが鼻をくすぐる。そのあたりになるとギアッチョさんは白目を剥き始めていて、もはや意識があるのかないのか分からない状態だった。
そして唐突に、ギアッチョさんは大きく体をわななかせ、声もなく床に崩れ落ちる。結構な音を立てて倒れたあと、数度、反射のようにびくびくと跳ねた。股間からはどろりと精液が垂れ落ちている。
泡を吹いて、気絶していた。ギアッチョさん、と軽く呼んでみたが、起きる気配は無い。どうしようもないので、そのままにして眠ってしまおうとしたところで、ドアの向こうから、ノックの音が聞こえてきた。

「おい、ギアッチョがこっちに来なかったか?」
「ええ。来てますよ」

やっぱり、とばかりに嘆息しながら、プロシュートさんが部屋に入ってきた。引き取りにきてくれたらしい。いつもきっちりとセットしている髪は、ソファーで寝転びでもしたのか、やや崩れて前髪が落ちてきている。顔色はさすがに変化はない。が、部屋の光景を見た途端にプロシュートさんは目を見開いて、なぜか顔色を青くした。

「……ギアッチョと、なにをしてたんだ?」
「さあ……。どうしてか、お仕置きをしてほしかったそうです」

しばらく沈黙ののち、そうか、と掠れ震える声でプロシュートさんは言葉を紡いで、かなり困惑しているようすで、ギアッチョさんの服とギアッチョさんを回収していった。
 部屋をでていく間際、振り返らないまま、プロシュートさんが訊ねる。

「……愛しているのは、俺だけだよな」
「ええ、愛しています。プロシュートさん」

いつもと同じ。恋人ごっこの会話に付き合う。それを聞くと、プロシュートさんはわずかに安堵した声になって、そうか、と小さく呟いてから、

「おやすみ、

と振り返って微笑み、ギアッチョさんを別の客室に放り込んだのち、私の額にキスをして、一階へと降りていった。