ジョルノくんと別れ、散歩を終えてアジトに戻ると、やけに騒がしかった。見ると、例の仕事とやらが終わったらしく、暗殺チームの全員がリビングの談話スペースに集合している。なにやら真剣に話し合っていたので、壁際に居た、同じく留守番組であったらしいペッシさん(私の前に入ったという若手の先輩である)に詳細を訊ねてみた。

「どうかしたんですか?」
「あ、ああ。……どうも、ポルポがボスから変な命令を受けたらしいって情報があって」

ポルポというのは、名前だけは聞いたことがある。本来刑務所に収監されている彼のテストをパスして、パッショーネに入るものらしい。私はそのテストをせず、暗殺チーム個人に雇われている下請けみたいなものなので正式には私はパッショーネのメンバーではないともいえた。テストをしなかった理由は知らない。ただ、行かなくていい、と言われたので、行っていない。それだけである。

「変な命令?」
「うん。それを確かめるために、今日は出かけてたらしいけど……なんか、ある女を拉致して連れてこいって。えっと、トリッシュっていったかな」

当然、知らない名前だった。ボスの逃げられた恋人かなにかだろうか。組織のトップであるボスが直々に探さないというのはまあ理解できたが、女性ひとりでここまで大騒ぎになっているということは、ただの女性ではないのは確かだった。
もっと話を聞こうと口を開きかけたとき、それを盛大に遮るかたちで、ゴミ箱が壁に吹っ飛び、ひしゃげる音がした。中に入っていた紙屑などのゴミが散らばる。

「あああああ!むかつくぜぇ!ふざッけんな!こんな扱いにいつまでも甘んじてられっかよォ?!もう決まりじゃあねぇーかよォーッ!そのトリッシュって女を手掛かりにボスをブッ殺す!それしかねぇだろーがッ!クソッ!クソッ!!」

特徴的な水色の癖っ毛頭に赤縁眼鏡をした、癇癪持ちのギアッチョさんが叫びながら、潰れたゴミ箱を何度も踏みつけて追撃している。ゴミ箱が原型を留めなくなったあたりで、やっと落ち着いたのか、ギアッチョさんは自分の座っていた席に乱暴に腰を下ろした。
あのようすからするに、どうも意見が堂々巡りしていたらしい。何で揉めていたのかは知らないが、ひとまずアジトのゴミ箱は新しいものを追加する必要があるだろう。私は話を邪魔しないように、忍び足で散らかったゴミを拾って適当な袋に詰めた。
ややあって、リゾットさんの長い嘆息と、静かな言葉が響く。

「リーダーとして言わせてもらおうか。……俺たちは反旗を翻すべきだ。その気持ちが同じなのだから、すぐ、行動に移したほうがいい。罠の可能性に怯えたところでソルベとジェラートの件があるのだから、ボスからの不信感など今更だ」

――トリッシュという女を見つけ出して、ボスを暗殺する。
リゾットさんは真剣に、そう宣った。とんでもなく愚かな話。最悪、いや、最低でもここに居る全員が死ぬ。パッショーネはそれくらい巨大な組織で、強大な利権と大量の金が動く。いくらスタンド使いが揃っているとはいえ、イタリアを支配するファミリーを、ここに居るたった数人で敵に回すなんて……。
…………。
でも、それなら。
まだ、短い間だったけれど……ともに過ごした仕事仲間だ。彼らがそうする、と決めたなら、私も覚悟を決めて、彼らのために魂を削ろう。
それこそ命をかけて、彼らの勝利に尽くそう。
私は自嘲気味に笑ってしまう。結局。結局、私は大切な仲間をつくって、守るために躍起になるのだ。結果どうなるのか分かっているくせに――。
そこで、名前を呼ばれた。そちらを見る。リゾットさんが、淡く微笑んで私を手招きしていた。

「すまない、もう夕飯の時間だったな。今日は外食にしよう。近くのリストランテでいいか?」

張り詰めた空気が弛緩する。話し合いは、これで終わりらしかった。

「いいえ、何か適当に頼んで、みんなで食べましょう」

一時間後、ホルマジオさんが調子に乗って注文した大量のピザがアジトに届いた。私は数切れ食べてすぐにリタイアし、プロシュートさんは限界まで食べて胸やけを起こし、イルーゾォさんは頑張っていたが結局ソファーに沈んで重いお腹を抱えていた。他のメンバーも続々リタイアしてゆき、最後まで残ったのはホルマジオさんとリゾットさんで、しかも、ふたりは平気そうな顔をしてピザをすべて平らげてしまった。その後お酒も入り、宴会になって、みんなでわいわいとポーカーをしたりしながらくだを巻く。気がつけば、私は部屋のベッドで寝ていた。途中で酔いつぶれて寝てしまったようで、誰かが運んでくれたらしい。

(――ああ、失いたくないなあ)

たまらなく不幸だ。どうしようもなく。失うのを怯えて過ごすなんて、そんなこと。