今日は朝早くから暗殺以外の仕事があるとのことで、リゾットさんを含む暗殺チームメンバーは、ほとんど出払っていた。それを知ったのは、一階に降りて、テーブルの上のラップをされた朝食と、リゾットさんからの書置きを見た午前十一時のことである。
簡単に朝食を済ませて、天気も良いので付近を散歩することにした。歩き回っているうちに、大通り、観光客の多い場所までいつの間にか出てきてしまう。まあ、散歩なのだから、薄暗い路地よりも、こういった華やかな場所のほうが楽しいだろう。私は特に気にも留めずに、ふらふらとあたりをうろついていた。イタリアの建築は派手というわけではないけれど、統一感があり洗練されていて、どこかかわいらしくもある。幼いころに憧れたドールハウスを彷彿とさせるからだろう。
「チャオ、可憐なお嬢さん」
道を遮るように目の前に出てこられたので、これはどうやら、私に向けられた言葉である。
視線を建物から前に移すと、太陽のように輝く金髪と見覚えのある綺麗な顔――いたずらっ子のような表情をした少年、ジョルノ・ジョバーナが佇んでいた。
「ここで貴方に会えるなんて、今日はなんて幸運な一日でしょう。どうです、これから僕とお茶でも」
「久しぶり、ジョルノくん。ぜひ、ご一緒したいな」
ちょうど疲れてきたところだったので、私はその誘いを断る真似はしなかった。彼は話し上手であるし、それに、彼のような明らかな他人ならば、私も気が楽だ。
近くのカフェに入り、互いに紅茶を注文する。彼もよく来るというこの店は、やや閉鎖的な雰囲気はあるものの、落ち着いた内装をしていた。静かにクラシックの音楽が流れている店内に、客の姿はまばらである。ほとんどは、仕事をしていたり、本を読んでいたりと、各々の作業に没頭していた。
「まだご滞在なさっていたとは驚きました。イタリアには、いつごろまで?」
「気のすむまで。イタリアはいい国だもの」
まさか骨をうずめる覚悟とは言えずに、適当にはぐらかす。イタリアが良い国だと思っているのは本当だ。ただ、故郷である日本がいちばんだというのは変わりないけれど。
「そんなに気に入ったなら、いっそ永住、というのはどうです?」
ジョルノくんは綺麗に笑い、私の手に自分の左手を重ねてきた。面白い冗談だと思って私も笑い返すと、ジョルノくんは目を細めて、私の手をゆっくり撫でるような動きをする。それは、子供をあやす母親のようにも見えた。
そして唐突に、
「貴方には、チューベローズの花が似合いそうだ」
と、言う。
知らない名前の花だったので、花の名前をおうむ返しする。ジョルノくんは、白くて可憐で、貴方のような花です、と平然と甘い言葉を吐いた。
「今度、貴方に会うときは、チューベローズの花束を贈りましょう。連絡をしていただければ、いつでも会いにいきます」
私はあの連絡先の紙を、ポケットに入れたまま洗濯してしまっていたことを思い出していた。おそらくその花を直接見る機会はないのだろうな、と考えながら、私は曖昧に、視線を逸らして頷いた。