一応私も暗殺者という区分に入っているのだろうか。同日深夜、ふいに目が覚めてしまったために、そんな取り留めもないことを考える。

(人殺しは最低だけれど、私の存在と、はたしてどちらが最低かな)

夜は余計なことを考えるからいけない。うっかり、日本に残してきた仲間たちについて考えそうになって、私はやや無理矢理に、思考を中断するためベッドから身を起こす。誰かが起きていそうな気配は無い。ので、できるだけ静かに、私は一階へ降り、キッチンへと水を飲みに行く。

(最低と分かり切っていることをしているだけ、気は楽だ――最低に自分を貶められているのだから、実に気が楽だ。日本に比べたら、本当、休日みたいなものだわ)

一階の冷たい廊下を渡り、暗いリビングに足を踏み入れる。電気は消えていたが、ソファーでメローネさんがテレビをつけたまま、眠りこけていた。そのせいで、電子的な薄暗さがリビングを包んでいる。起こさないようにリビングを通り、キッチンまで行こうとした。が、その前に、呼び止められる。

「――眠れないのか、

リビングの壁に掛かっている、大きな鏡からの声だった。鏡の中の景色を見ると、私と、その後ろに、イルーゾォさんが映っている。

「あたたかいココアを飲もう。来るといい」

イルーゾォさんが手を伸ばし、許可をする。くらりとする感覚のあと、私は鏡の世界へ招かれていた。先ほど立っていた世界と、左右が反転して、メローネさんが居ない以外、同じ世界。完全な孤独を得られるという意味で、本当に、羨ましいスタンドだった。

「まだ、起きていらっしゃったんですね」
「俺は基本、夜型だからな」

そういえば、彼は今まで何人殺したのだろう。キッチンでふたりぶんのココアを淹れるこの暗殺者の背中を見ていると、そんなことが気になった。

「イルーゾォさん。今まで、何人殺しましたか?」

どうして暗殺者になったのか、そんな理由も気になったが、さすがにそれを聞くのは憚られて、最初の疑問のみを口にする。イルーゾォさんは振り返らずに、数えきれないくらいだ、と答えた。その答えから、イルーゾォさんが長くこの世界に身を窶しているのはあらかた予測がついた。

「仕事、まだ慣れないか?」
「いえ。とても性に合っています」

あれから、何件かの暗殺を重ねた。暗殺といってもひどく目立つ私のスタンドは、大抵、隠密でき、相性もいいスタンドのイルーゾォさんと組むことになる。私たちはよく、一緒に仕事をしていた。話し相手としても申し分なく、彼は良き同僚だった。
イルーゾォさんは両手に湯気が立つココアのマグカップを持って、片方を私に手渡す。ひとくち飲むと、とても安心する味がした。私たちは隣同士ソファーに座り、おかしな話だが、反転したテレビ画面を眺めて、ココアを啜る。

「昨日の暗殺は、こたえたろう。敵対派閥の縄張りだったってだけの店舗を、見せしめにやったんだからな」
「仕事ですから。しかたないです」
「本当に、そう思うか?」

イルーゾォさんの黒い瞳が私を射抜いていた。彼自身はいったい、殺人に対してどう思っているのだろう。しかたない、と思っているのか、正しい、と思っているのか。もしかすると、楽しくすらあるのか。ただの仕事と割り切っているのか。

「仕事として成立しているっていうのは、つまり、必要とされてるってことです。それって、社会的に、正しいと認められているわけですよね」

表面上では倫理が邪魔するが、少なくとも、根底の意味はそうなる。という、もっともらしいお題目を掲げてみたものの、彼は私が建前というか、本心以外を語ったことに気が付いたようだった。彼はそれを、私が私自身を誤魔化すために言ったのだと勘違いしたようで、目を伏せる。本当は。……本当は、同業であるイルーゾォさんに気を遣っただけだ。だって、本心を――暗殺なんて人間の最底辺がするどうしようもないクズの仕事だと告げたら、誰だって、いい思いはしないはずだから。
殺人が正当化されることは、どんな理由があろうとも絶対に、無い。
誰よりも苦しんで地獄に落ちるべきだ。少なくともそれを覚悟して殺すべきで、そのせいでどんな目に遭おうとも、泣き言や不満を言うのは間違いなのだ。

「――どうあれ、必要とされている仕事だというのは俺も同感だ」

イルーゾォさんが、私のほうへと肩を寄せた。イルーゾォさんはこうしてよく、体温を求める仕草をする。おそらく、不安なのだと思う。

「汚れ仕事を請け負うぶん、俺たちは地位も金も、倍以上貰っていいはずなんだ――他人から後ろ指を指されるぶん、蔑まれるぶん、見返りがあっていいはずなんだ」

それは同意しかねた。だが、わざわざ口に出す必要もあるまい。曖昧に相槌をうつと、イルーゾォさんは、男性らしい骨ばった手を私の手に重ね、仲睦まじい恋人のように絡めてきた。
ゆるい、沈黙が流れる。

「イルーゾォさんの淹れるココア、とても好きです」
「ああ。これからもずっと、淹れてやるさ」

イルーゾォさんは私の頬に口づけを落とす。それを受けて、なんとなく彼のほうを向くと、そのまま、唇を優しく重ね合わされた。何度も何度も、触れ合うだけのキスをする。

、幸せになろう」

額同士を合わせながら、イルーゾォさんがはにかんで囁いた。私は、殺人を犯す人間が、幸せになれないのを知っている。なぜなら今現在、私はずっと、暗い沼の底よりも不幸だからである。