規定量以上の精神安定剤を飲むことで常日頃精神の安定をはかっている。人を殺していて安定を求めるなど、おかしな話もあったものだが、それが人間という生き物だ。時折、人を殺すから精神安定剤を飲むのか、精神安定剤を飲んでいるから人を殺してしまうのか分からなくなる。私が現状、狂っている事実だけ、間違いないのだけれど。
「プロシュートって、オナニーとかしなさそう」
「あ?んだよ急に」
「煙草吸いながら女に腰だけ振らせてるイメージ」
薄暗いバルのカウンターで、同僚と酒を飲んでいる。精神安定剤と酒の相性は最悪だ。それでも私は深酒をする。ひどい酔い方をしてひどい冗談を言っている私に、プロシュートは嘆息しながら水をくれる。それを自然にやってのけるのだから、人間ができていると思う。
「オナニーくらいするぜ」
「うっそだあ」
「最近歳なのか少なくなったけどな。三日に一度だ」
多いのか少ないのか分からない。男性のオナニー頻度なんてあとひとりくらいしか知らないし。
「リーダーは毎日、五回以上やってるらしいよ」
「さすがに嘘だろ」
「本当。私見たもの」
プロシュートは飲みかけていた酒をむせていた。リーダーもそれなりに歳だが、性欲が旺盛だ。見られるのが好きらしく、ここ最近、毎日、見てくれ、と言われている。本当に五回以上やるので、私が居ないときでもそうなのだろう。こういうのって、身長に比例したりするのかしら。
「。それ、あの野郎に女として見られてるぞ」
「私たち、付き合ってないよ」
「そうじゃねえよ。性的対象として見られてるって意味だ」
もう、そういう頼みをきくのはやめろ、とプロシュートが眉をしかめるので、なんとなく悪いことをしていた気分になって、どうしたものか、となる。黙り込む私を見てプロシュートはどう思ったのか、
「俺と付き合うことになったから、もうやめる、って言っとけ」
などと、軽く告げる。
精神安定剤の副作用として、私には性欲が無いもので、確かにリーダーの頼みをきくのも、本当に、時間の無駄というか、おもしろくないのだ。リーダーが勝手にはあはあ言っているだけである。動物を見ている気分になる。上司だから断り切れなかっただけだし。しかし、確かにそんなもっともらしい理由をつけられれば、やんわり断れる気がしてきた。角が立たない。
「プロシュートって、大人だ」
私もこんなふうに、綺麗に大人になりたかった。けれどもプロシュートは謙遜して、俺は汚い大人だぜ、と苦笑する。驕らないところが、人間として、出来ている。完成されている。こういう人は、精神安定剤が要らない。私は足りない部分を、薬で補わなければ、生きてゆけないのに。しかも、その足りない部分は、日増し、増えてゆくもので。
× ×
ある日。アジトに行くと、なんだか騒ぎになっていた。
どうしたの、とメローネに訊ねると、リーダーとプロシュートが、殴り合いの喧嘩をしたという。
「すっごいよ、本気で殴り合ってた。互いに鼻血が出るまで相手を殴ってさ。ギアッチョとホルマジオが取り押さえて、ようやく大人しくなったんだから」
「虫の居所が悪かったのかな」
プロシュートはたまにペッシを殴るのを知っていたけれど、リーダーにそんな激情家な面があることには、ひどく驚いた。失礼な話リーダーには、私みたいに抑圧しなければならないような感情すら無いと思っていたから。
ああ、でも、そうやってたまに感情を爆発させるのが、薬に頼らないコツなのかも。
「メローネ、ちょっと殴り合いの喧嘩しよう」
「おっしゃ、来い!」
そうして好きなだけ殴り合ったところで、ギアッチョに見つかり、しこたま怒られた。メローネは殴ると興奮するからやめなさい、と言われたので、今度からは、別の人を殴るようにしようと思った。