私の職場に、リゾット・ネエロという男が居る。一応リーダーとしてこの暗殺チームをとりまとめているが、あんまり上司といったかんじはなく、同僚、というのが正しい。気兼ねなく接しても怒らないし、けれどチームをきちんとまとめていて、実に素晴らしい人材である。ただし、私はこの男が……その、なんというか、……苦手、なのだった。
「」
そうやって私を呼ぶとき。彼の目は決まって熱っぽく、私から何かを求めているような声をしている。はじめは、このチームに女性が私以外居ないので、発情しているのかと思った。けれども彼は外で女性に会ってもまったく興味を示さない。ただ、私の前ではいつもの無表情を切なそうに歪めて、ひどくたまらない、といった顔をする。
私はそういうとき、私の本性がばれているのでは、と不安になる。私は自分の衝動が汚らわしい類のものであると知っていたし、うまく付き合い、バランスを取り、隠しながら生きてきた。だから、決して、露呈するはずなどなかった。
しかし、思えば、いくら私が上手に隠していようとも、彼は本能で察知していたのかもしれない。
転機は、ある暗殺の任務の日に訪れた。
その任務で、私は初めてリーダーとふたりきり、暗殺をこなすことになった。リーダーは強いので大抵ひとりで任務をこなすものだが、その日はあまりにも数が多かったため、手の空いていた私も同行したのだ。
殺しは簡単に終わった。リーダーが一緒に居て、失敗するわけがない。私は早く帰りたかったので、それでは、とだけ言って、帰宅しようとした。廃墟に落ちている無惨な死体を見ているといやな気持ちに侵される。けれども、リーダーは私の腕を掴んで、私をこの場へと引き留めた。
「……」
大柄の男が、間違いなく私を見下ろしているのに、なぜか子犬が遊んでほしくて見上げている錯覚を覚える。心臓が、ぎゅっとする。この男の整った鼻っ面を蹴り上げてやりたくなる。私は空気と一緒に欲望を飲み込んで隠した。
「どうしました、リーダー」
彼の股間がゆるいズボンを押し上げているのを見ないようにして私は訊ねた。そうやっていても、視界には私が欲望のまま壊した死体が映るので、どうにも、逃げ場がない。いや、あれは、仕事だから、仕方なく。お金のためにやった。だから、汚くない。私はおかしくない。
「昨日はのことを考えて、手淫で三回、尻の穴で二回も達してしまった」
咄嗟に手が出て、目の前の男の頬を張ってしまった。あっ、と思ったときには、リーダーは真っ赤になった頬を手でおさえて、うっとりと私を見ていた。背中のあたりがざわざわする。違う、違うの。私は衝動を抑えようとする。
「ご、ごめんなさい。リーダー」
「謝らなくていい。悪いのは俺だ。俺を罰してくれ」
リーダーが手を伸ばしてくるので慌てて後ずさった。そのつもりだったけれど、気がつけば私は、なぜか彼を押し倒していた。頭が掻き混ぜられ、熱をもって、私の体を支配している。こんな変態野郎なんてひどい目に遭って当然じゃあないか私は悪くない、思考が焼き切れそうだ。
「このマゾ豚野郎ッ!ヒトを勝手にオカズにしてんじゃねぇよ最低だな!」
喉元から出かかっていた衝動がついに溢れてきた。私はリーダーを罵倒して、膝で容赦なく彼の硬くなった股間部分を踏み潰す。ああっ、と彼は悲鳴を上げて、涙をこぼし、私を間違いなく性的な目で見上げていた。
「あっ、あっ、もっと、もっと虐めてくれッ!」
「最悪、気持ち悪い!喋るな変態ッ」
上擦ったリーダーの声。私はレイプするみたいにナイフを使って彼の服を裂く。リーダーは抵抗しない。荒く熱い息を吐いて、露出させられた乳首も勃起させている。淡い色の陰毛に囲まれて聳える陰茎は、既に白濁が先端から流れていた。ありえない。本当に、この男、被虐趣味なのか。
私はリーダーの口にナイフの刃を突っ込んだ。びくりとして目を見開いている。彼の口にも、このナイフの刃を収めるにはすこし狭い。
「今からこれでレイプするんですから、きちんとフェラしたほうがいいですよー。たっぷり唾液つけないと、ケツが裂けて死ぬかもしれません」
彼はやわやわと、必死に突き込まれたナイフに奉仕を始めた。やわらかな口内に硬い刃物があるというのはどうも、おもしろい。たまに歯が当たるのか、かちりという感触がする。そのたびに、歯を立ててるんじゃねえよと罵り、彼の乳首を力強く引っ張った。
「んっ、んうううううッ」
彼の目にあるのは一種の怯えと、歓喜だ。こんなので興奮するなんて本当に人間失格である。人でなし。人間じゃないならどうしたっていいじゃないか。私はこのマゾヒストに付き合ってやっているだけだ。私が正義だ!
ナイフを口から引き抜いて、彼の無防備な下半身――肛門に、刃先からゆっくり突き入れた。ずぶずぶと刃がすぼまりに埋まってゆくが、当然、いくら唾液に塗れていても刃物の鋭さから肉が裂けて血が出ている。処女みたいだ。レイプされている、処女。笑う私と正反対に、リーダーは呻いて、泣いている。
「あ、あああ、うああああ……ッ」
泣きながら、全身を痙攣させて、精液を迸らせる。嘘だろ、これでイくのかよ。ナイフが持ち手まで尻に埋まっていた。私はそのまま、ナイフを、セックスでするみたいに出し入れさせる。こんなのただの拷問である。尻にナイフを突き刺してるだけだ。それなのに、目の前の男は恥も外聞もなく喘ぎ、また勃起して、破壊されるのを愉しんでいる。
「あああああああッ……!」
心底気持ちが良さそうに射精して、リーダーはぐったりとした。出血が、そろそろとんでもなかった。私もようやくハッとして、リーダーの尻からナイフを引き抜く。ああやだ。私は悪くないとはいえ、ひどいことをした。神に懺悔して許しを乞いたい気分だ。つまり、最悪。
「」
「畜生、この野郎殺す、いつか殺す」
「ああ、そうしてくれ、愛してる」
私の欲望の一端でも、他人に知られるのが本当に嫌なのだ。この男だってそうなら良いものを。汚い情欲を互いに共有するのが決定してしまった。明日から私は死にたくなる。この男が憎い。私を暴いたこの男が憎い。早く死んでしまえと思った。いつか事故で殺してしまうかもしれないけれど、できれば殺したくない。こんな男を殺した罪を背負って生きるなど、とうてい彼を愛していない私には、ご遠慮願いたいものなので。