朝食後、ホルマジオさんが猫を連れてやってきたので、一緒になって遊んでいた。ホルマジオさんは猫好きなのに芸術的なまでに猫に嫌われる。何度も引っかき傷を作られている彼を笑いながら過ごし、昼前だったか。そのあたりで、携帯が鳴った。ここへ来てすぐ、リゾットさんから支給された携帯である。
もしもし、と告げる前に、向こうの声が遮った。声はプロシュートさんの声だった。
『俺の家に来てくれ』
それだけで、切れた。確かに、プロシュートさんの家は、昨日アジトに戻る前、一度寄ったので知っている。何の用だろう、という疑問もあったが、それよりも、彼の声がひどく弱気で、頼りなく、泣きそうだったのが、私には気になった。普段のプロシュートさんからしてみれば、ありえないことだった。
「ちょっと、出かけてきます」
すぐに遊ぶのを中断して、私はアジトを飛び出した。頭の奥では、深入りするなと私の理性が言っていた。分かっている。そうやって小さい痛みを無視しつづけ誤魔化せば、いずれ大きな痛みを伴って、大事なすべてを壊していく。だが、私にとってプロシュートさんは、親切で世話焼きな、兄貴分のようなものだった。彼が助けを求めているのなら、行かなければならない。勝手に、足が動いていた。
記憶を頼りに歩き、どうにか、彼が入居している古いアパートメントまで辿りつく。外扉は壊れているのでそのまま通り、廊下を抜けて、プロシュートさんの部屋の前までやってきた。ドアにカギは掛かっていない。遠慮なく、中へと入る。入る瞬間に、なにか手土産を持ってくるべきだったか、などと、平和ボケした考えが過る。
が、入ってすぐ。そんな寄り道をしなくてよかったと痛感した。
短い廊下の先に、かなり広めのリビングがある。プロシュートさんはそこで、頭を抱えて泣いていた。服を着ていない。綺麗な髪から雫が落ち、雫は絨毯に染み込んでゆく。近寄って見ると、プロシュートさんは全身、ぐっしょりと濡れていた。
「プロシュートさん」
声をかける。プロシュートさんは震えながら顔を上げた。顔面の腫れはすっかり引いていたが、目元は泣いたせいで赤いままだ。
「すぐに、タオルを持ってきます」
私はバスルームまで行って、そこに掛かっているバスタオルを取ると、濡れそぼったプロシュートさんの元まで戻った。あまり後輩に世話を焼かれるのはプライドもあるだろうとバスタオルを差し出すが、受け取らない。ただ、首を横に振って、だめなんだ、と言う。
「どんなに洗っても、汚ねぇままだ。どうしたらいい」
プロシュートさんの白い肌は、もとあった怪我だけでなく、擦りすぎによる出血が増えていた。――私は、この人が、実はとても脆く弱いことを知ってしまった。
実を言うと私は、彼が次の日から、何事もなかったかのようにまた、アジトに顔を出すものだと踏んでいた。――かっこ悪いところを見せたな、などと、軽口を叩いて、まるで、平気そうに。それが虚勢であってもいいのだ。それは大丈夫ということだから。ただ、彼は、実際――虚勢すら張れない状態だった。
「……このままだと、風邪をひきます」
とにかく、私に今できるのは、彼の心をどうこうでなく、体の心配をすることだけだ。私は不躾を承知で、バスタオルを使い、彼の体を丁寧に拭った。精液を拭った昨日の夜のことを思い出す。彼もそれを思い出したのだろう、ひゅう、と喉を空気が通る音がした。
「食べたいものはありますか。できる範囲でなら、買ってきますし――」
きっと暖かいものがいいですね。そう言いかけたところで、腕を掴まれた。男の手。筋肉質でたくましいはずなのに、どこか、今は頼りなく、すがるようだ。
ほとんど、水気は取れていた。プロシュートさんはそのまま、飛びつくように、私を床に押し倒す。バスタオルを取り落とした。絨毯が敷かれているので、背中は痛くない。
「ズッキーニが、冷蔵庫に入ってる」
プロシュートさんの口端が、ひきつるように上がる。無理に笑っているのが、分かる。
「、俺を犯してくれ」