初仕事の翌日である。私はノックの音で目が覚めた。時計を見ると十時で、朝と呼ぶにはやや遅い時間だ。私は目をこすり、髪を手櫛で整えてから、どうぞ、と答えた。
「。朝食ができた。食べるだろう」
「ええ。ありがとうございます」
ドアから顔を覗かせたのは、暗殺チームのリーダーこと、リゾットさんだった。このアジトは暗殺チームのメンバーが好きに使っていいことになっているが、常駐しているのは私と、リーダーであるリゾットさんくらいである。真っ黒な目に色素に乏しい金髪、金具だらけの服は寝起きに見るには衝撃的なものがあるが、そのうち慣れるのだろうか。リゾットさんは私の元までやってくると、ベッドから身を起こした私を軽々と抱き上げた。
この行動の意図は、正直よく分からない。ただ、彼は私が来てしばらくしないうち、このような行動をとるようになった。朝、私を起こしに来て、ベッドから私を抱き上げ、ダイニングまで運ぶ。リゾットさんは言葉少ななうえに無表情なので、まったく、意味が分からない。
この時間だとやはり、ダイニングには、誰も居なかった。椅子に座った私は、机の上に置かれている朝食を見る。今日はジャム入りクロワッサンだ。飲み物は、本来イタリアの朝食といえばカプチーノだが、私は珈琲が苦手なので、オレンジジュースが置かれている。
いつもなら、向かい合って一緒に朝食をとるものを、今日はなぜか、リゾットさんは私の隣に座った。そういえば、リゾットさんのぶんの朝食は無かった。訊ねてみると、もう食べた、と言う。
そういう日もあるか。納得して私がクロワッサンに手を伸ばそうとすると、リゾットさんがそれより早く手を伸ばして、クロワッサンを取り上げた。わけが分からず彼のほうを見る。彼は、手にしたクロワッサンを小さくちぎって、私の口元にもってきた。
しばらくフリーズしていると、彼は首を傾げ、食べないのか、といかにも不思議そうにする。
「……自分で食べられます」
「そうか」
やや落ち込んだトーンで、リゾットさんはクロワッサンを皿に戻す。私は今度こそ、クロワッサンを食べることができた。イチゴ味のジャムがひどく甘い。時折、味噌汁が恋しくなる。
「すまない。もっと、美味いものを用意してやれたら良いんだが」
「いえ。とても、美味しいですよ」
不満な顔をしてしまったかと慌てたが、違うらしい。リゾットさんは歯がゆそうに私を見ていた。肩を抱き寄せられて、腕の中に閉じ込められる。リゾットさんのややこけた頬が近づき、私の頬に当たる。
「俺たちは不当な扱いを受けている。もっと、豊かな暮らしをしてしかるべきだ。……安い賃金で、使い捨てのように使われるのは間違っている、そうだろう」
かなり優しい口調で、リゾットさんは言う。慈しむような目で、同情している目だ。もしかすると、彼は私を不遇な人だと思っているのかもしれない。
「私は、じゅうぶんです。衣食住さえあれば、満たされています」
「ああ、気を遣わなくていいんだ。……いや、言い方が悪かったな。俺も、幸せだ。ただ、俺たちはもっと、幸せになれるはずなんだ」
本心からそう答えたのに、リゾットさんは聞く耳を持たない。人殺しは異常なことなのだから、人を殺せる人間が、まともでないのはしかたないかもしれない……。私は訂正を諦めて、そのままの体勢でクロワッサンを食べた。食べにくい。
「大丈夫だ。俺たちのチームは下剋上をする。ボスを打ち倒し、パッショーネを乗っ取る。それまでの辛抱だ」
そのときは、それを聞き流した。
まさか、本気だとは思っていなかったから。