プロシュートさんの姿が見えない。二分するはずの敵の数は、当然私たちの仕事になる。イルーゾォさんはアイコンタクトで、どうする、と私に訊ねた。私は頷く。全員、鏡の中に入れてしまってください。

「分かった。――廃工場内の全員を『許可』する!スタンドと武器は『許可』しないッ!」

ざっと見て20人ほどの人間が、鏡の中の世界――こちら側に引き込まれた。全員、何が起きたのか分からない顔をしている。一部は冷静に、スタンドや武器を出そうとしているが、許可を得ていなければ、この世界では無意味なことだ。

「――『いきもの失格』ッ!」

既に許可を得ている私は、自らのスタンドを発現させる。宙に浮く、真っ黒い色をしたスライム状の歪んだ球体。これが、私のスタンド。能力は、なんと言ったらいいのか……かたちとしては、チームメンバーのメローネさんのスタンドに似ている。あそこまで、趣味が悪くはないけれど。

「五体のストックを『再生成』します!」

私の声とともに、黒い球体からでろでろとスライムが零れ落ちていった。以前に作ったままの、そこそこ強いストックを五体ほど再生成する。流れ出たスライムはゆっくりと形になり、それぞれ、三メートルくらいの大きさになった。そして、芋虫のように体をしならせ、敵へ向かって体当たりをする。
悲鳴。体当たりがあたる直前で、スライムは口を作り、歯を作り、何人もを齧って飲み込んだからだ。不定形の遠隔操作型スライムを作り出す。それが私のスタンド、「いきもの失格」の能力である。
スライムは不定形で、口をいくつも作ることができれば、また、鎌状の器官を作り出したり、もっと複雑な形にもなれる――まあ、そのあたりは「どれだけ強く作ったか」にもよるのだが。

「ジャポーネの怪獣映画みたいだな」
「こうまで一方的だと、敵が哀れにすらなります」

本来ならば私自身とスタンドに戦闘能力がないので、自衛のために、スライムを配置しなければならないのだが、イルーゾォさんのおかげでそれが必要ないゆえに、非常に楽だ。あっと言う間に、片づけは終わった。鏡の世界はまた、痛いくらいの静寂を取り戻す。
ばらばらに崩れた死体。意思を失ったそれは、一瞬で永遠の眠りにつけるだけ、なんと幸福だろう、と思う。

「……これで、廃工場内の敵は全部だが……プロシュートの奴はどうしたんだ?何かあったのか?」
「そうかもしれません。……手分けして探しましょう。イルーゾォさんは、鏡の中からお願いします」

一瞬、イルーゾォさんは心配そうな顔をしたものの、あまり懸念するのも失礼と踏んだか、分かった、と了承してくれた。鏡の中でも外の世界の音はするので、探すのは難しくない。戦闘手段が少ない彼は、こちらから探したほうがいいだろう。私はイルーゾォさんにスタンドごと外に出してもらい、五体のスライムを引き連れたまま、廃工場近くを探すことにした。
 廃工場付近の地理は、よく知らない。とりあえず、駆け足でおかしな集団でも居ないか探してみる。入り組んだ街並みは深夜のためきっちり窓が閉めてあり、犯罪を犯すには絶好のシチュエーションだった。

「……、……、…………!」

ふいに、声が聞こえた。
私は立ち止まり、必死に耳をすます。悲鳴じみた声というか、呻きのような声が、そう遠くない場所から聞こえていた。音を頼りにどうにか道を進む。何度か行ったり来たりを繰り返して、ようやく、私はその音の場所にやってくることができた。
そして、絶句した。
数人の男が見えた。おそらく、さきほど片づけたチームに所属するメンバーだろう。その男に囲まれて、見知った金髪碧眼の整った男性が、呻いていた。高級そうなスーツは刃物で切り裂かれ、ほとんど、裸である。離れているのに、けっこうな性臭がする。――水音。組み伏せられた男性は、股間に股間を何度も押し当てられている……。

「――い、『いきもの失格』ッ!」

狭い路地なので一体だけに命令し、その下劣な集団に飛び込ませた。周囲に気を配っていなかったらしい男たちは不意を打たれてはじけ飛ぶ。その間に、私は組み伏せられていた男性に駆け寄り、確認する。――結っている髪はゴムが切れてほどけ、あちこちに噛み跡や殴られた跡があり、顔はほとんど腫れてしまっているが……間違いなく、プロシュートさんだった。
プロシュートさんは、強姦されていた。
ほとんど反射的に。その場をスライムに任せて、駆け出した。この人数ならば、問題なく全員殺すだろう。私は手の空いたスライムにプロシュートさんを運ばせ、残りは核であるスタンドに戻し、すぐに離脱したのだ。
不意を打てたのは、本当に幸運だった――間違いなくプロシュートさんはあの中の誰かに敗北してしまったのだ。また、それがかなりの強者である確率がある以上、長居は危険だった。幸い、私のスタンドは距離が離れていても強さは変わらず、勝手に攻撃をしてくれる。
乗ってきた車までどうにか迷わずに戻り、その後部座席にプロシュートさんを運び込んで、寝かせた。骨は折れていないようだったが、だいぶ、痛めつけられている――プロシュートさんはがくがく震えていた。それでも冷静に、私を見て言う。

……、に、任務は……」
「……たった今、プロシュートさんの側も全員、殺せたみたいです。プロシュートさん、廃工場に来た奴らと、あいつらで、全員ですか?」

プロシュートさんは頷き、冷たい息を吐いた。それから、車のトランクにタオルがあるから、取ってくれ、と静かに告げた。
トランクを調べると、確かにタオルが何枚か入れられている。本来は血を拭く用途だろう。何枚か持って、プロシュートさんのところへ戻った。ついでに、殺し終えたスライムごと、スタンドを引っ込める。
プロシュートさんは私からタオルを受け取り、自分で体液に汚れた体を始末しようとしたが、傷のせいか相手のスタンド攻撃のダメージか、うまくいかないらしい。私は彼の手からタオルを横取りし、できるだけ優しく、彼の汚れた体を拭った。プロシュートさんは抵抗する気力もなく、されるがままだ。
顔、胸から腹にかけて、それから股間部分を念入りに拭っていく。色素の薄い肛門は、やや開き気味になり、とろりとした精液を垂れ流していた。ギャングは相手の尊厳を踏みにじるためならとんでもないことをやる。私は眉をしかめ、彼の肛門に、人差し指を入れた。

「う、――」

プロシュートさんの胸が、大きく上下し、体が強張った。できるだけ早く済まそうと、やや性急に人差し指を動かして、中から精液を掻き出す。あらかた掻き出し終えると、それらをタオルに吸わせて、あとは太腿の体液も拭い、どうにか始末を終えた。
ひと段落し視線を上げると、プロシュートさんの、大ぶりな陰茎が勃ち上がっていることに気が付く。

「…………、」

震える指は私の何を求めていたのだろう。背後から足音がしたので、慌てて私はプロシュートさんの股間が隠れるように何枚かタオルをかけた。予想通り、やってきたのは合流しにやってきたイルーゾォさんで、その顔はぼろぼろのプロシュートさんの有様を見て驚愕に見開かれた。

「何があった?」
「ひどく痛めつけられてました。敵チームは全員片づけられたので、急ぎ、アジトに帰りましょう」

イルーゾォさんは頷き、運転席に座った。私も助手席に座る。エンジンをかけると、ラジオから聞きなれないイタリアのポップスが掛かった。今の気分には、とうてい、合わない。

「プロシュート、一度お前の自宅に戻るか?」

イルーゾォさんのその気遣いは、おそらくプロシュートさんがどのような目に遭ったかを察したためだろう。ミラー越しに、プロシュートさんは頷いた。車は静かに発進する。夜明けまでまだ時間があった。こういう世界なのだ。痛めつけ、痛めつけられる世界。理不尽だと思いながらも、それはまた、ひどく私に合っている気がした。