私たちは廃工場に居る。作戦としては、こうだった。私とイルーゾォさんのグループ、そして、プロシュートさん単独。その二手に分かれ、相手のチームを殲滅させる。
「イルーゾォは敵を無力化できるが火力不足だからな。守りが薄いお前と組めば、相性がいい」
プロシュートさんは周りを巻き込むかたちのスタンド能力なので、鏡の世界で戦う私たちとの相性もとても良い。私の初仕事となるので、そのあたりチームメンバーに気を遣ってくれたのだろう。
「俺はそれで構わないが……、大丈夫か?」
長い黒髪をむっつに分けておさげにした男性、イルーゾォさんが、私に目線を合わせて訊ねる。彼も威圧感のある外見だが、何かと世話焼きな性分だった。そんな性格をしている。私は、大丈夫ですよ、と返した。イルーゾォさんは、眉を下げる。もしかすると、私は恐怖を理解していない子供に見えているのかもしれない。あるいは同じことだ。理解していないのと、思考の鈍磨が似ているというならば。
「……俺が、敵チームをここにおびき寄せる。お前らは鏡の中に居てくれ」
プロシュートさんは頼りがいのある背中を向けて、廃工場を出て行った。私たちは言われた通りに、持ち込んだ鏡を設置し、イルーゾォさんのスタンド能力「マン・イン・ザ・ミラー」で許可を受け、鏡の中の世界へと入る。許可を受けなければ生物の存在も物の動きも許されないこの反転空間は、相変わらず静かで、さびしげだった。
私はこの空間が好きだった。彼はアジトでも鏡の中の世界に閉じこもるのが好きで、よく、スタンド攻撃の練習だと言っては、アジトに設置された大きな鏡から自分の世界へと飛び込んでいる。おそらく、他のメンバーもそれが練習などではなく彼の心の安定をはかるためのものだと知っている。ただ、たまに気まぐれに、彼はこっそり私を招き入れてくれることがあった。そのとき、イルーゾォさんは反対になった世界のキッチンであたたかいココアをふたつ入れて、一緒に飲もうと提案する。そして、くだらない内緒話をする。私は、この世界が好きだ。私のスタンドがこの能力だったら良かったのに、と思えるほどには。
ふいに、背中に体温。私が物思いにふけるさまが、悩んでいたり、不安がっているように見えたのかもしれない。イルーゾォさんが私を背後から抱きすくめてくれていた。
「。安心してくれ。……俺たちの世界に脅威は無い。ここは俺とお前だけの王国だ」
「……イルーゾォさん?」
首筋に甘えるような鼻息が当たる。かわいい、かわいいー―子猫をあやすようにイルーゾォさんは私を撫でて呟いていた。くすぐったくて、私は笑う。イルーゾォさんも笑った。しばらく、そうしている。これから人殺しをするなんて、誰が思うだろうか。
大勢の足音が聞こえてきたので、どちらともなく私たちは離れた。仕事の時間だった。イルーゾォさんは私の耳に小さくキスを落としてから、スタンド攻撃の準備をする。
「……あれ?」
それは、どちらが発した言葉だったか。
外の世界に見える敵の人数が明らかに多く――ここへとおびき出す囮役であるはずのプロシュートさんの姿がなぜか、そこには無かった。