「吉良くん、私はもう、子供じゃあないんだよ」

何度言っても、吉良くんは分かってくれない。吉良くんは私の近所に住む男性で、幼いころから仲良しだった。歳は、吉良くんのほうがいくらか上だったので、吉良くんは私の面倒をみるような言動をよくしていた。今もそうだ。女性の夜歩きは危ないとか、きみひとりでは不安だとか、何かと理由をつけて、面倒を見にやってくる。

「ちゃんとひとりでやれるって」
「いいや。いつもきみは、気にしているふうでいて、袖なんかに血をつけているんだ」

手をつないで繁華街を歩きながら(これは、はぐれないように、である)、吉良くんはちらちらと周囲に視線をやっていた。ターゲットを探しているのだ。今日は、彼のではなく、私の。私の標的は私が当然選ぶべきだし、私だってあれがいい、これがいいと提案はするのだけど、あれは力がきみより強い、これはおそらく近くに連れがいる、と、大抵は却下されてしまう。

「あ」

うっかり。周囲を見るのに気を取られていて、私は、肩で男性にぶつかってしまった。けっこう強めに。がらの悪い男性はどこを見ているのだとけっこうな剣幕で怒ったが、吉良くんが、すみませんね、連れが、とかわりに謝ってくれたので、どうやら、事なきを得た。男は舌打ちをして歩き去っていったが、私はそれを振り返ったまま、目を離すことができなかった。

「あいつがいい」
「賛成だ。奴はがひとりだったら、間違いなく、たちの悪い絡みをしていたと思うしな」

珍しく、私の提案に認可がおりた。嬉しくて鼻歌を歌いそうになりながら、標的となった男を一定の距離を開けて尾行する。男は風俗街に向かっているようで、一度大きな道から外れ、人の少ない路地に入った。吉良くんから手をほどき、踏みだそうとする。包丁をもって、切っ先を無防備な背中に叩きつけようとする、のを、吉良くんに、無言で止められた。
――僕がやる。吉良くんの目は、そう語っていた。
吉良くんは男を組み伏せて、コンクリートの床に何度か頭を叩きつけ、鮮やかな手つきで無力化する。男は、何が起きたのか分からないといった顔で、額から流血している。いい顔だ。興奮する。生きている、と、なにより感じる。

「もういいよ。
「やったあ」

吉良くんが男の上から退いたので、私はやっと男に近づいて、包丁を振り下ろすことができた。ぐったりとして意識も朦朧としている、無抵抗な男を、刺す。まず、背中。肩。それから顔面を崩壊させる。鼻の穴をひとつにしてやったり、瞼を切り取ったり、口を裂いてやったり、ああ、楽しい。男の怯えた悲鳴が心地よい。さんざん楽しんで、やっと殺した。

「散らかしすぎだよ」

吉良くんは嘆息して私の頬をハンカチで拭った。ハンカチには、血液が付着している。腕を見ると、なるほど、言われた通り、袖が赤色になっていた。
離れていて、と言われたので、死体から離れる。吉良くんはどうやるのかは知らないが、独特の証拠隠滅方法を最近開発した。なんと、跡形もなく爆発させるのである。それまでは、埋めたり、沈めたり、あるいは放置したりしていた。吉良くんは殺人鬼として進化している。

「さあ、行こう」

爆発を終えて、吉良くんは私に上着を羽織らせると、また手を繋いで帰路を急いだ。クレープが食べたい、と言うと、この時間はやってないだろう、と困ったように笑われる。コンビニになら、売ってるよ。吉良くんはそれを聞いて幸せそうに笑い、じゃあ、寄って帰ろうか、と返した。

、平穏な生活を送ろう。ずっとこうしてふたりで。人を殺して、静かに暮らそう」

残念ながら、私はそこまで夢を見られるお年頃ではない。殺人鬼は早死にするもので、たぶん、私もいずれ、そうなる。刹那的快楽主義者だから。私は吉良くんへの返事ができなくなって、とりあえず、そうだね、と小さく笑った。