それから、俺は変わった。自分だけでいっぱいいっぱいだった狭い視野は広がり他人のために何かをするのも悪くないと思えるようになった。ただのニートで持て余していた時間を彼女から紹介されたボランティアにあてているうち、そのボランティア団体を支援している企業の職員になる話がきて、いつの間にか俺は就職までしてしまっていた。仕事に精を出しつつ、休日は彼女と共にボランティア活動に励む。人生が充実していた。目の前が嘘のように明るくなった。
それでも、そんなにまで変わっても、俺のなかに燻る汚い欲求は消えうせることはなかった。むしろ、ずっとひどくなってゆく。竿が痛くなって何も出なくなるまでオナニーをしてもむらむらとしたままで、いつか彼女を押し倒しレイプしてしまうのではないかと恐れ眠れない夜が続いた。
ある日ついに俺は耐え切れなくなり深夜彼女の部屋に押しかけて、彼女に縋りつき神父に罪を懺悔するように、彼女へ欲求を告白した。

「お願いします。もう限界です。僕はこのままだとさんを犯してしまいそうなんです。僕を去勢してください」

「……一松さんは、私とセックスがしたいのですか?」

なんだ早く言ってくださればよかったのにと彼女は着ている服を脱ごうとしたので、俺は慌てて彼女の手を止めた。俺は確かに彼女を犯したかったが、それは表面に出てきた上澄みに過ぎない欲求で、本当はもっとずっと厄介でどす黒い願望だった。彼女と交わりたい。彼女と繋がりながら彼女に愛を囁かれたい。そして俺は彼女に愛を囁かれる唯一の存在になりたい。彼女にとって特別な存在になりたい。
俺はカーペットの敷かれた床に土下座をして頭を擦りつけた。

「お願いです。僕の、せ、性器を切ってください。さんにしか、頼めません。お願いします」

もう、このあふれる情愛をおさえつけるには、忌々しい性器を切除してしまう以外に方法が無かった。俺は彼女を汚す勇気は無かったし強姦するほどの悪意など彼女に向けられるはずもない。彼女はしばらく沈黙したあとに、俺を優しく起こして、本気なんですね?とまっすぐ瞳を見つめてきた。
俺は頷く。

「……分かりました。そこまで言うなら、微力ながら協力させていただきます」

彼女はタオルで俺に猿轡をすると、キッチンの包丁を手に持って、俺のスウェットとブリーフを下ろし性器を露出させた。こんなときなのに俺の体は正直で、彼女の前でだらしなく屹立し先走りをこぼしている。彼女は俺の竿の根元に包丁をあてた。

「いきますよ」

ヒヤリという冷たさの後に、焼けるように股間が熱くなり全身を貫くような激痛に襲われた。んむぐううううっ、と俺は体を震わせ呻く。猿轡をしたのは正解だった。股間を見ると刃先がやっと数ミリ竿にめり込んだところである。玉のようにしか出ていない血液に俺はこれから襲われるだろうさらなる苦痛を想像し気絶しそうになった。
ぎゅっぎゅっと力を込めて彼女は俺の根元に刃物を進めていく。切るのに難儀しているようでノコギリでやるように何度も何度も引かれた。そのたび、ぴゅうと血液がほとばしって周囲を汚す。あらかじめ尻の下に二重に敷いておいたバスタオルは、とっくに赤黒く染まりぐしょ濡れだった。全身の毛穴が開いて脂汗が流れ出る。激しい頭痛がする。股間は熱いのに寒気が止まらず俺は小刻みに震えていた。
竿の先から、尿が勢いよく噴き出す。視界が滲み大きく揺れているのは体が揺れているのか脳が揺れているのか。何度も気が遠くなりその都度に激痛で飛び起きる。

「ん、んぐうううううッ」

ブツッ、と丈夫なゴムを切断するような音がした。俺の竿は俺の体から離れ、ただの物みたいにバスタオルの上に転がっていた。しかし息つく暇もなく、彼女はそのまま、刃を進める。
俺の睾丸に刃が食い込んでいた。ふうふうと荒く息を吐いて、必死に俺は暴れないよう努める。袋が破れて白い玉が顔を出した。続いてその白い玉も破れ、どろどろの白濁があふれ出てくる。血液の赤と混ざり合い綺麗なマーブルピンクになった。頭はずっと誰かに殴られているみたいに痛み耳の近くで鐘でも鳴らされている感覚だ。
視界が暗転する。
気が遠くなるのとは違う、テレビの電源を切られたように、ぷっつりと、意識が途絶えた。
それでも時間にして数分程度だろう。またあまりの激痛で目を覚ましたときには、既に去勢も止血も終わっており、猿轡も外されていた。血が綺麗に拭われた俺の下半身にはあるべきものがなく、つるりとしている。股間が熱いのは怪我のせいだけでなく止血に熱を使ったからだろう。俺は大きなガーゼをべったりと貼られた見慣れない自分の下半身を呆然と眺めた。

「お疲れさまです。一松さん、よかったらこれを飲んでください」

出された冷たい水と市販の鎮痛剤を、煽るように飲み込む。汗は止まらなかったし体の震えも止まらないが、すこし痛みはマシになった。しばらく動けないまま、ひゅうひゅうと息を吐く。
彼女はキッチンに立ち、なにやら料理をしていた。三十分もすると良い匂いが漂ってきて、そのころには、俺もどうにか呼吸はしやすくなっていた。
彼女は湯気が立つ白い皿を手に持ち、俺の前に置く。

「とりあえず、圧力鍋でよく煮込んで角煮風にしてみました」

俺は皿に盛られている茶色く煮付けられたそれをぼんやり見つめていた。食べやすく切られているが、それが俺の性器であるのは間違いがない。

「親から貰った体を粗末にはできませんからね。食べちゃいましょう」

彼女は取り皿と箸をふたりぶん持ってきてから、軽くそれらに肉を取り分けて、ひとつを俺に差し出した。俺は力なく受け取る。ぼんやりと肉を口に含むと、コリコリとした独特の触感とともに、じゅわっと甘めの角煮の味が広がった。
彼女も、いただきます、と手を合わせてから食べ始める。すぐに頬を綻ばせ、おいしいですね、とさらに白米を食べていた。
俺は愕然としていた。自らの性器を食べる彼女を見ても性欲に苦しめられることはいっさいなかったが、それを喜ぶより先に深く絶望していた。それは、こうして彼女の手料理を食べた瞬間に、少しでも嬉しいと思ってしまったせいだった。俺は性欲を切り落とせたが結局汚らしい独占欲も愛欲もそのままで、彼女の作った美味しい角煮をもそもそと口に運びながら、彼女の手料理を食べるのが自分だけでありますようにと願っている。けれども彼女は俺のものにはならないし俺も無理矢理そうするつもりはない。性欲から解放された俺は、柔らかい衝動を抱えてこれから生涯苦しむだろう。しかし彼女が彼女らしく生き続けられるならそれでいい。その美しい思想を邪魔をしないために性欲だけでも捨てられたなら、俺の股間の痛みなど、蚊に刺されたようなものだった。